豊の国より福づつみ

豊後の恵みを包んだ”和のぎょうざ”

身土不二(しんどふじ)
肉体と農地をつなぐもの。
それが「いい土」「いい水」です。
人間の生命と土は二つならず。

 

「身土不二」は明治時代の食養運動に端を発したもので、

決して切り離せない関係という意味です。
地元の旬の食べ物や伝統食が身体に良く、

食して健康になるという精神の元に食品づくりを目指します。


大分の食材を味わう”和のぎょうざ”

豊の国の幸、豊後(大分県産)の食材をふんだんに、キャベツ・ニラ・にんにく・玉ねぎなどの新鮮な伝統野菜や大分県産の高級豚を使用して、生餃子をつくります。

身体に優しい上品な香りと味わいを求め、日々、努力を重ねています。
安全・安心・新鮮は元より、お客様の「感動」を目指し、幸せをお届けできることを祈っています。


マルナカ冷凍生餃子は、包みたての餃子を瞬間冷凍しました。

瞬間冷凍は、食品の鮮度や旨味を逃がさないために瞬間的に凍結させるためのものです。

食べたい時にいつでも美味しくいただけます

マルナカ特製の酢醤油のたれ、味噌ダレで美味さ倍増です。

 

    『マルナカ餃子は保存料を一切使用しておりません。』


餃子の歴史・由来:餃子を発明した人・嬌耳・更歳交子

餃子の起源は、小麦の利用から始まったことからで、メソポタニア文明(紀元前3500年前)のときに小麦が栽培され、中央アジアへ渡り、餃子のようなものは春秋時代にはすでに伝わり、出土されています。
トルファン(注1)アスターナ古墳群(3世紀~8世紀)で耳の形の餃子が出土されました。
後漢(西暦25年~220年)の時代、200年頃、長沙(注2)の太守、張仲景という医師が餃子を発明した人といわれています。
張仲景のいた時代には現在のような形をした餃子は中國にも伝わっていたのかもしれません。
当時はかわいい耳という意味で「嬌耳」と呼ばれていたようです。

 

春節の由来の一つに、「更歳交子」というものがあります。

正月になる夜中の12時は子の刻にあたり、年が変わる時刻を「更歳交子」といいますが、「交子」の発音が「ジャオズ」、餃子も「ジャオズ」で、同じ発音でもあることから晦日の夜に餃子を食べることで福を迎えていたとされています。
また、餃子の形が銀貨に似ていることも財をもたらすとされたのでしょう。

(注1)トルファンは、現在の中華人民共和国 新疆自治区 吐魯番市で、かって『NHK特集 シルクロード』でも放映された交河故城、高昌古城などの重点文物で知られています。
(注2)長沙は現在、中華人民共和国湖南省の省都です。

 

餃子の歴史・由来:「福包」の由来

1707年(宝永4)に水戸潘が刊行した『朱舜水氏談綺』により、水戸光圀へ1689(元禄2)年に「福包」と呼ばれた鴨肉を使った餃子が献上され、光圀が日本で餃子を初めて食べたと言われています。
江戸幕府将軍、五代徳川綱吉のころのことです。日本へ亡命していた明の儒学者、朱舜水は水戸光圀によって江戸に招へいされ、水戸藩に漢籍文化を学ばせ、中国の食文化も紹介した人です。

 

食材について

食材の由来など

キャベツの由来 

『日本食材百科事典』(発行 講談社、講談社編)によれば「キャベツは地中海沿岸原産で世界最古の野菜の一つ。」
その他、エンドウ豆、アーティチョーク、オクラなどが世界最古の野菜といわれています。「キャベツはビタミンCを多く含み、アミノ酸やカルシウムも比較的豊富。胃腸によいとされるビタミンUが多いのもキャベツならでは。」甘味もあり、栄養価も豊富です。キャベツが日本に渡ってきたのは江戸の末期ころで、明治中頃になり、洋食文化とともに普及しはじめました。

 

韮の古歌

韮を題材にした万葉集があります。
三四四四 伎波都久乃 乎加能久君美良 和礼都賣杼 故尓毛美多奈布 西奈等都麻佐祢
(きはつくの おかのくくみら われつめど こにもみたなふ せなとつまさね)
作者:不明
伎波都久の岡に茎韮((くくみら)を私は摘みに来たけれど、籠は一杯にならない。

あの人と一緒に摘むことにしよう。

 

このころは、野菜などまだ栽培はしていないころで、野原や川辺にある食材を摘んでいました。

今でも摘み草料理などの山草は今でも摘みにいってますね。
韮は弥生時代に渡来したといわれ、はじめのころは薬用につかわれていたようです。
栄養素が多いことから次第に栽培もされ食材として重宝されるようになりました。